
テレビ放映が終了しました。
見てくださった沢山の方、本当にありがとうございました。
そしてこのプロジェクトに携わってくださいました皆様には感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございました。
このお話をチラッといただいたのが、7月ごろでしょうか?
ただ、その後話は進展せず、改めて具体化したのが、10月の初めでした。
11月17日から正真正銘21日間ぶっ続け!(本当にこれありですか??)
弊社は小さい会社いわいる家業に毛の生えたようなもの。
果たして、こんなにリスクが大きいこのプロジェクトを請けてやって行けるだろうか??
本当に悩みました。現在着工中のお客様もいるし、正直スケジュール的には無謀そのもの。
でも、家族で話し合いを重ね、出場を決めました。
家族みんなで親父を支えていこう!と・・・・
たぶん最初で最後でしょう。中1の娘も学校に許可を取り、参加させることに決めました。
これも実は賛否両論。おかしいんじゃないか?とも言われました。
でも家族の一員として、たとえ13歳でも、親父や兄や母が必死こいてる姿を、
自分の目でしっかり見て、脳裏に焼きつかせてほしい・・・そう思い決断しました。
さて・・・実際の3週間はどうだったのでしょう??
準備段階から、悲惨でした。人間の限界なんてとっくに皆超えていました。
実家の母からは「おまえねぇ~忙しいって言うのは心を亡くすって書くんだよ!いい加減にしなさい。
こんなくだらないことに出場するってどういうこと??」と怒られました。悲しかったです。
助けてなんて貰えませんでした。がんばってね!なんて言葉もかけてもらえませんでした。
血が繋がってるからこそ言える真の意見なんでしょうね。
これは天からの世間の声だと思いました。
でも世の中には、捨てる神あれば拾う神があるってホントですね。
大丈夫?って心配して、助けてくださった方が沢山いました。涙が出るほどうれしかったです。
犬4匹を自宅に残し、夜逃げのように出発しました。4トントラックに家族4人で乗り込み・・・
今まで、勝手なことばかりしていた息子も、娘も本当によく耐えてくれました。
職人たちもいつもの勝手と違い、合宿所生活に不満を募らせ、夜は飲みすぎて、愚痴と喧嘩
がたえなくなり~大変でした。愚痴や不満の吐き場所は、私と息子でしたから・・・
でも、無理ない事でしょう!こんな過酷なことをさせているのは鮫島家ですから・・
昼間はよく頑張ってくれました。
職人の皆さんがいてくれなかったら、仕上がらなかったでしょうから・・・本当に感謝感謝です。
こんなに沢山の人を犠牲にしてして、私は間違っていたのだろうか?何度も自問自答し続けました。
でも、収録はすでに始まっているんです。途中で棄権することなんて出来ません。
テレビ局の人も必死で、建物の仕上がりを、人間模様を追っかけ続けます。
天候がひどくて、ずぶぬれになる日は、私たちだけでなく、皆一緒なんです。
那須リゾートの方々にも沢山助けてもらいました。
いつの間にか、敵も見方も、テレビ局もリゾート会社の方とも
なんともいえない一体感が生まれてきました。苦しみが、違う感情に変わったんですね。
すばらしいことです。 この過酷を乗り越えたものだけに与えていただける神様からのご褒美。
収録が終わって、皆がばらばらになるとき、あふれる涙が止まりませんでした。
自己成長の場をいただけたんです。苦しかったけど、人間の力の偉大さに感動しました。
テレビ出演というこの機会はすばらしい方とのめぐり合いを沢山いただきました。
近藤先生、秋葉さん、辻村さん。マナさん。ゼロクリエイトの皆さん。桜田さん、東さん、伊藤さん
那須リゾートの生沢さん、ライト工業の社長奥さん、息子さん、鈴木君、などなど~
人の温かさに、熱いものを心にいただけました。子供たちにとって主人にとって、鮫島という会社にとって
本当にプラスの沢山の収穫がありました。
この出逢いの数々に、感謝!
さて、これからが大切です。
息子は、自分探しのたびに出かけ、娘は普通の中学生に戻りました。
後はお母さんが一人で親父を支え続けます。お前たちや、多くの皆様にこんなに沢山の
大切なものもらったのですから・・・・・
二人で、二人三脚で、きっとこれからも幸せな人生歩けるべく、努力します。
へこたれません。
最後に、このプロジェクトに賛同して、ご協力いただきましたすべての方へ
本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。